昭和59年 竹田市史(上卷)にて紹介されている記事を
抜粋、引用してご紹介します。


扇森山横穴(大字玉来字深瀬)

竹田市街地に近い玉来の扇森山の崖面にある横穴墓である。
竹田盆地の周辺では点々と残存している。
横穴墓は菅生台地域ではほとんど見られないが、扇森山横穴のほかに、市用横穴群・座主横穴群・栗ノ本横穴群等が遺存しており、この地域における古墳時代後半期の社会状態を知る上で貴重なものである。

扇森山横穴は、大野川流域では珍しい五世紀末か六世紀初頭に作られたと見られる古式の横穴墓である。内部からは、鉄刀三本、鉄鉄とともに横矧板鋲留短甲(よこはぎいたびょうどめたんこう)が出土している。

この形式の短甲は、県内では宇佐市葛原古墳で出土しているのみの稀有なものである。
刀の一本は、柄部のつばにあたる木製の部分には彫刻を施している。
鉄鏃は無茎広根式のものがみられる。

大野川流域で、この時期の横穴古墳とされるのは、昭和五十七年に三重町
大字川辺で発見された十六山横穴がある。
剣のほか、県下で初めての発見である鉄鉾が出土している。
ここからは多数の鉄鏃と鉄刀・鉄刀・鉄剣には見事な鹿角製の刀装がされており、扇森山横穴の木製刀装との関連が注目される。


扇森山横穴は、その副葬品の豊かさと竹田盆地の周辺に高塚古墳が見られないことと合わせて、五世紀末頃にこの地域にいち早く定着した集団の有力者の函であった可能性が高い。

昭和59年 竹田市史(上卷)にて紹介されている記事を
抜粋、引用してご紹介します。


扇森山横穴(大字玉来字深瀬)

竹田市街地に近い玉来の扇森山の崖面にある横穴墓である。
竹田盆地の周辺では点々と残存している。
横穴墓は菅生台地域ではほとんど見られないが、扇森山横穴のほかに、市用横穴群・座主横穴群・栗ノ本横穴群等が遺存しており、この地域における古墳時代後半期の社会状態を知る上で貴重なものである。

扇森山横穴は、大野川流域では珍しい五世紀末か六世紀初頭に作られたと見られる古式の横穴墓である。内部からは、鉄刀三本、鉄鉄とともに横矧板鋲留短甲(よこはぎいたびょうどめたんこう)が出土している。

この形式の短甲は、県内では宇佐市葛原古墳で出土しているのみの稀有なものである。
刀の一本は、柄部のつばにあたる木製の部分には彫刻を施している。
鉄鏃は無茎広根式のものがみられる。

大野川流域で、この時期の横穴古墳とされるのは、昭和五十七年に三重町
大字川辺で発見された十六山横穴がある。
剣のほか、県下で初めての発見である鉄鉾が出土している。
ここからは多数の鉄鏃と鉄刀・鉄刀・鉄剣には見事な鹿角製の刀装がされており、扇森山横穴の木製刀装との関連が注目される。


扇森山横穴は、その副葬品の豊かさと竹田盆地の周辺に高塚古墳が見られないことと合わせて、五世紀末頃にこの地域にいち早く定着した集団の有力者の函であった可能性が高い。

昭和59年 竹田市史(上卷)にて紹介されている記事を
抜粋、引用してご紹介します。


扇森山横穴(大字玉来字深瀬)

竹田市街地に近い玉来の扇森山の崖面にある横穴墓である。
竹田盆地の周辺では点々と残存している。
横穴墓は菅生台地域ではほとんど見られないが、扇森山横穴のほかに、市用横穴群・座主横穴群・栗ノ本横穴群等が遺存しており、この地域における古墳時代後半期の社会状態を知る上で貴重なものである。

扇森山横穴は、大野川流域では珍しい五世紀末か六世紀初頭に作られたと見られる古式の横穴墓である。内部からは、鉄刀三本、鉄鉄とともに横矧板鋲留短甲(よこはぎいたびょうどめたんこう)が出土している。

この形式の短甲は、県内では宇佐市葛原古墳で出土しているのみの稀有なものである。
刀の一本は、柄部のつばにあたる木製の部分には彫刻を施している。
鉄鏃は無茎広根式のものがみられる。

大野川流域で、この時期の横穴古墳とされるのは、昭和五十七年に三重町
大字川辺で発見された十六山横穴がある。
剣のほか、県下で初めての発見である鉄鉾が出土している。
ここからは多数の鉄鏃と鉄刀・鉄刀・鉄剣には見事な鹿角製の刀装がされており、扇森山横穴の木製刀装との関連が注目される。


扇森山横穴は、その副葬品の豊かさと竹田盆地の周辺に高塚古墳が見られないことと合わせて、五世紀末頃にこの地域にいち早く定着した集団の有力者の函であった可能性が高い。